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福島地方裁判所 昭和48年(ワ)289号 判決

原告 小賀坂正信

原告 小賀坂京子

右原告両名訴訟代理人・弁護士 土屋芳雄

今泉圭二

大河内重男

被告 南久助

被告 南祐

右被告両名訴訟代理人・弁護士 長田弘

被告 岡崎正利

〈ほか二名〉

右被告三名訴訟代理人・弁護士 佐野国男

主文

1  原告小賀坂正信に対し、被告南久助は金六五八万八四八八円および内金六〇八万八四八八円に対する昭和四六年一一月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を、被告岡崎正利・蓬田親平・蓬田道雄は各自金一五〇万円およびこれに対する同四九年三月五日から完済まで年五分の割合による金員を各支払え。

2  原告小賀坂京子に対し、被告南久助は金一四五万二二三二円および内金一三五万二二三二円に対する昭和四六年一一月二四日から完済まで年五分の割合による金員を、被告岡崎正利・蓬田親平・蓬田道雄は各自金五〇万円およびこれに対する同四九年三月五日から完済まで年五分の割合による金員を各支払え。

3  原告らの、被告南祐に対する本訴請求および被告南久助に対するその余の請求を各棄却する。

4  訴訟費用中、原告らと被告南久助との間に生じた分はこれを五分し、その四を同被告の、その一を原告らの負担とし、原告らと被告南祐との間に生じた分は全部原告らの負担とし、原告らと被告岡崎正利・蓬田親平・蓬田道雄との間に生じた分は全部同被告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告)

一1  被告南久助および同南祐(以下「被告久助ら」というときは右被告両名を指す)は、各自原告小賀坂正信に対し金八三八万二〇三八円および内金七六八万二〇三八円に対する昭和四六年一一月二〇日から完済迄年五分の割合による金員を、原告小賀坂京子に対し金一八三万二五三二円および内金一六八万二五三二円に対する昭和四六年一一月二四日から完済迄年五分の割合による金員を支払え。

2  被告岡崎正利、同蓬田親平および同蓬田道雄(以下「被告岡崎ら」というときは右被告三名を指す)は各自原告小賀坂正信に対して金一五〇万円、原告小賀坂京子に対して金五〇万円およびこれらに対する昭和四九年三月五日から完済迄年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言

(被告ら)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告両名は次の交通事故により傷害を受けた。

(一) 発生日時 昭和四五年一〇月三一日午後一一時三〇分ころ

(二) 発生場所 伊達郡保原町大字上保原字寺前二五番地先県道福島保原線上

(三) 加害車 普通乗用自動車(ブルーバードワゴン式・福島五な六一四〇号。以下「加害車」という)

運転者 被告南久助(以下「被告久助」という)

(四) 被害車 軽四輪貨物自動車(スバルサンバー・六福け八四一二号。以下「被害車」という)

運転者 原告小賀坂正信(以下「原告正信」という)

同乗者 原告小賀坂京子(以下「原告京子」という)

(五) 態様 被害車が右県道上を福島市方面から保原町方面に向け進行中対向して来た加害車がセンターラインをこえて進入し、両車が正面衝突した。

2  原告らの受傷

(一) 原告正信

(1) 傷病名 頭部外傷、左脛骨々折、右脛骨・腓骨々折、左前腕下端関節内骨折

(2) 治療経過 保原町所在中野病院に、昭和四五年一〇月三一日から同四六年四月二二日まで(一七四日間)、次いで同年一〇月一四日から同月二八日まで(一五日間)各入院し、その間同年四月二三日から一一月一九日まで(実日数八日間)通院し、治療を受けた。

(3) 後遺症 左前腕がフォーク様に変型し、手関節に運動制限の障害が残った。

(二) 原告京子

(1) 傷病名 右大腿骨開放性骨折、頭部・胸部打撲傷、左下腿打撲擦過傷

(2) 治療経過 右中野病院に、昭和四五年一〇月三一日から同四六年四月二六日まで(一七八日間)、次いで同年一一月一一日から二三日まで(一三日間)各入院し、その間同年四月二七日から一一月一〇日まで(実日数三八日間)通院し、治療を受けた。

(3) 後遺症 右大腿外側に長さ約二〇センチメートルの手術瘢痕が残った。

3  被告らの帰責事由

被告らは次の理由により、本件事故によって生じた原告らの損害を賠償する義務がある。

(一) 被告久助(民法七〇九条)

本件事故は、被告久助が保原町方面から福島市方面に向け高速で西進し前記事故現場付近にさしかかったところ、右現場は進行方向に左方へカーブになっていたのに、このカーブを曲り切れず、センターラインをこえて対向車線に侵入し、制動をかける暇もなく、折から福島市方面から保原町方面に向け進行し、加害車の進行状況に危険を察知して急制動をかけ道路左端に避譲した被害車に衝突したため発生したものである。

そもそも自動車を運転しようとする者は飲酒をしてはならず、また飲酒して酒に酔い前方注視ができないなど正常な運転ができないおそれのある状態にあるときは車の運転を避け、事故の発生を未然に防止しなければならない注意義務がある。

しかるに、被告久助は、本件事故前に日本酒五合以上を飲み、酒に酔い車を正常に運転できないおそれのある状態であえて運転を開始し、右進行中酩酊のため前方注視を欠き運転を誤って本件事故を招来したものであるから、本件事故が被告久助の右注意義務違反の過失によること明らかである。

(二) 被告南祐(以下「被告祐」という。自賠法三条)

被告祐は、被告久助が昭和四五年一〇月ころ加害車を購入する際、全面的に金銭的援助をなし、また自己の所用の際にも被告久助をして右車を運転せしめてこれに同乗していたものであるから、運行供用者としてその責任を負う。

(三) 被告岡崎正利・蓬田親平(以下「被告親平」という)・蓬田道雄(以下「被告道雄」という。なお以下に「被告岡崎ら」というときは右被告三名を指す)(民法七〇九条・七一九条)

(1) 右の如く本件事故は偏に被告久助の飲酒運転に基づいて発生したものであるが、被告岡崎らは以下の記載の如く共同して被告久助の飲酒運転を幇助したものであり、民法第七一九条に基づき後記の損害を賠償する義務がある。

(2)(イ) 本件事故当夜八時半頃被告岡崎方に被告親平及び訴外蓬田広美(以下単に「広美」という)が被告親平運転の車両に塔乗して参集した。被告岡崎は、広美に酒を飲むよう勧めたが同人は飲まなかった(なお被告岡崎は広美らの参集当時すでに晩酌を終えていた)。

(ロ) 同夜九時頃被告久助が本件加害車を運転して被告岡崎方を訪問した。被告岡崎は被告久助が自動車を運転して来ており、かつ被告久助が以前に酒酔い運転で罰金をとられたことがあるのを知りながら、被告久助に二分の一ないし三分の二くらい残っていた清酒一升瓶一本及び二合瓶一本を提供して飲むよう勧め、自らもコップ一杯を飲んだ(被告親平はコップに注いで貰っただけで飲まなかったのである)。

(ハ) その後一五分位して被告岡崎方に被告道雄、訴外三品一男・佐藤広明(以下単に「広明」という)が参集した。被告岡崎は右三名に対しても飲酒するよう勧め、更に五分の一程残っていた一升瓶を出して来た。その頃被告久助は約五合の日本酒に酩酊しており、三品と口論したので三品は一人だけ先に帰宅した。

(ニ) その後全員で福島市へボーリングに行くことになったが、被告久助は加害車を運転し、これに被告道雄及び広明が同乗し、被告親平運転の車両に被告岡崎と広美が同乗して、久助の跡を追ったのであるが、被告久助はボーリング場に向かわず保原町所在のバー「つかさ」に赴いたので被告親平らも右「つかさ」に入った。右「つかさ」では被告親平と広美を除く四名が清酒を銚子で七、八本飲んだ。

(ホ) 被告久助は「つかさ」を出ると再び加害車を運転し、バー「春」に向った。これには広美と広明が同乗した。被告親平運転の車両には被告岡崎と被告道雄が同乗して被告久助の跡を追ったのであるが、被告岡崎らは先行する被告久助の自動車が蛇行運転するのを確認したが、被告久助からキーを取り上げる等の措置をとらなかった。

(ヘ) バー「春」に於て被告岡崎らはビール四本を注文した。被告久助は吐くために店の外に出たり入ったりしていたが、間もなく「帰る」と言って午後一一時二〇分ころ外に出て行き、加害車の中で若干休んだ後これが運転を開始し、帰宅しようとしたがその途中前記事故を惹起した。

(3)(イ) してみると被告岡崎は被告久助が加害車を運転して来ていることを知悉しながら同人に酒を提供し、かつ同人が深酒に酩酊しているのにもかかわらず同人が右車を運転することを許容したものであり、かつ同人が「帰宅する」と述べた際も自動車のキーを取り上げたり、タクシーを呼ぶ等の措置をとることを怠ったのであるから作為および不作為による飲酒運転の幇助に該当すること勿論である。

(ロ) また被告道雄は酩酊している被告久助が加害車の運転をすることを是認してこれに同乗し、かつ同人が「帰宅する」と述べた際も車のキーを取り上げたり、タクシーを呼ぶ等の措置をとることを怠ったのであるから不作為による飲酒運転の幇助に該当する。

(ハ) 被告親平は車両を運転するためアルコール類を飲まず最後迄正常な判断力を有していたのであるから、五人の中で最も強く被告久助の飲酒運転を阻止する義務を負っていたのにもかかわらず、被告久助が「帰宅する」と述べた際自動車のキーを取り上げたり、タクシーを呼ぶ等の措置をとることを怠ったのであるから不作為による飲酒運転の幇助に該当する。

4  原告らの損害

(一) 原告正信分

(1) 治療費 二七万九三〇〇円

前記治療に要した費用は九三万八一三八円であるところ、被告久助らはうち六五万八八三八円を支払ったのみでその余の二七万九三〇〇円を支払わない。

(2) 入院雑費 五万六七〇〇円

300円(1日あたり)×189(日)=56,700円を支出した。

(3) 付添費 一一万円

昭和四五年一〇月三一日から同四六年二月一七日迄の一一〇日間原告正信の母・小賀坂ミサヲが付添看護をしたので一日一〇〇〇円の割合で計算。

(4) 入・通院に対する慰謝料 八〇万円

重傷の入院六ヵ月、通院一ヵ月である。

(5) 休業損害 六二万〇五〇〇円

原告正信は昭和四三年三月に普通免許を取得し、同四五年四月迄福島県北運輸有限会社に勤務していたが、その間月額約四万八〇〇〇円の給与を得ていた。その後同年七月大型一種免許を取得し、同年九月から丸孝商事こと引地孝八方に勤務して長距離運転に従事したが本件事故のため同年一〇月三一日付で同人方を退職した。右引地孝八方に於ける給与は月額約八万五〇〇〇円である。原告正信は本件事故のため入院期間及び第一回の退院後一ヵ月間の全収入を喪失した。

85,000円/30×(189+30)=620,500円

(6) 後遺症に対する慰謝料 八〇万円

原告正信は本件事故のため左前腕下端フォーク様変型、左手関節運動障害の後遺症があり、これは第一〇級に該当する。

(7) 後遺症に基づく逸失利益 六〇五万〇五三八円

原告正信の前記後遺症は昭和四六年一一月一九日症状固定したものであるが、正信は利き腕である左手で物を持つことができないので、前記丸孝商事を退職し、同四六年一二月より荷物の積み下しの必要のないダンプカーの運転手に転職した。これによる収入減は月額約三万円に及んでいる(同原告が昭和四六年九月から同四八年三月迄勤務した有限会社梁川運送((同社は運送の他建材業も併せ営業している))における給与月額は約五万、六〇〇〇円である)が、便宜後遺障害一〇級の労働能力喪失率二七%に依拠し、症状固定時からの稼働可能年数(原告正信は昭和二五年一月五日生であり症状固定時二一才一〇月であったから二二才として計算する)を四一年(自動車損害賠償保障事業において用いられる「就労可能年数とホフマン式計算による係数表」による)として逸失利益を計算すれば左のとおりである。

85,000円×12ヵ月×0.27×21,970=6,050,538円

(8) 損害の填補

右1乃至7の金員の合計は八七一万七〇三八円であるところ、被告久助らは見舞金として二万五〇〇〇円を支払い、原告正信は自動車損害賠償責任保険より一〇一万円の給付を受けたからこれを右(1)ないし(7)の損害に充当し、残額は七六八万二〇三八円である。

(9) 弁護士費用 七〇万円(ただし被告久助らに対する関係で請求)

右残額の一〇%以下の範囲の金額に対して原告正信が被告久助らよりの取立時において原告ら代理人らに支払を約した額。

(二) 小賀坂京子分

(1) 治療費 二八万六二三二円

前記治療に要した費用は九五万二六四〇円であるところ、被告久助らはうち六六万六四〇八円を支払ったのみでその余の二八万六二三二円を支払わない。

(2) 入院雑費 五万七三〇〇円

300円(1日あたり)×191(日)=57,300円

(3) 付添料 一一万四〇〇〇円

昭和四五年一〇月三一日から同四六年二月二一日迄の一一四日間京子の母佐藤ナツが付添看護を為したので一日一〇〇〇円の割合で計算

(4) 入・通院に対する慰謝料 八三万円

重傷の入院六ヵ月、通院二ヵ月である。

(5) 休業損害 二一万円

原告京子は事故前保原町所在株式会社野木仁商店に勤務し日給一〇〇〇円を得ていたが、本件事故のため入院期間中の収入の全部及び通院期間中の収入の二分の一(午前中四時間勤務し午後通院)を喪失した。

1,000円(191+38×1/2)=210,000円

(6) 後遺症に対する慰謝料 四〇万円

原告京子は本件事故のため右大腿外側に約二〇糎の手術瘢痕を残した外、正座は一分間しか続けることができない。

右後遺症は第一二級に該当する。

(7) 損害の填補

右1乃至6の損害の合計は一八九万七五三二円であるところ被告久助らは見舞金として二万五〇〇〇円を支払い、自賠責保険から一九万円(後遺症分)の給付を受けたので残額は一六八万二五三二円である。

(8) 弁護士費用 一五万円(但し被告久助らに対する関係で請求)

右残額の一〇%以下の範囲の金額にして原告京子が被告久助らよりの取立時において原告ら代理人らに支払を約した額。

5  結論

よって

(一) 原告正信は、被告久助らに対し各自前項(一)(8)記載の計七六八万二〇三八円および(9)記載の弁護士費用七〇万円の合計八三八万二〇三八円ならびにうち弁護士費用を除く七六八万二〇三八円に対する症状固定後である昭和四六年一一月二〇日から完済迄年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告京子は被告らに対し各自前項(二)(7)記載の計一六八万二五三二円および同(8)記載の弁護士費用一五万円の合計一八三万二五三二円ならびにうち弁護士費用を除く一六八万二五三二円に対する症状固定後である昭和四六年一一月二四日から完済迄年五分の割合による遅延損害金の支払を各求め、

(二) 原告正信は被告岡崎らに対し各自前項(一)(8)記載の残額七六八万二〇三八円の一部一五〇万円およびこれに対する損害発生後である昭和四九年三月五日から完済迄年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告京子は被告岡崎らに対し各自前項(二)(7)記載の残額一六八万二五三二円の一部五〇万円およびこれに対する損害発生後である右同日から完済迄年五分の割合による遅延損害金の支払を各求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

1  被告久助ら

(一) 請求原因1の事実は認める。同2の事実中原告らの受傷の事実は認めるがその余の事実は不知。

(二) 同3(一)につき、本件事故が被告久助の運転上の過失によって発生したこと、同被告に原告らに対する損害賠償責任のあることは認めるが、過失の内容は争う。

(三) 同3(二)につき、原告らの主張する事実は否認し、被告祐が本件加害車の運行供用者であることは争う。加害車は被告久助が、自らの出捐で昭和四五年一〇月下旬当時勤務していた絹都運輸株式会社から金六万円で買受けたもので、事故当日迄右車を自宅に持帰ったことがなく、被告祐は被告久助の購入の事実すら知らなかった。

(四) 同4の事実中損害の填補の点を除きその余はすべて不知。

2  被告岡崎ら

(一) 請求原因1および2の事実は不知。

(二) 同3(一)の事実中被告久助の過失の態様は否認する。即ち本件事故は飲酒による酩酊のため正常な運転ができなくなったことによって発生したものではなく、右酩酊とは関係なしに、同被告がカーヒーターの作動状況確認のため左手を延ばして下方を向きヒーターに手を当てながら運行し、前方注視を怠ったことによるものである。

(三) 同3(三)について

(1)は争う。

(2)(イ)の事実中、被告親平が同人運転の自動車で被告岡崎方を訪ねたことは認めるが、被告岡崎が広美に酒をすすめたことは否認する。その余の事実は不知。

(2)(ロ)中、被告久助が被告岡崎方に来たことおよび被告親平が飲酒しなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)(ハ)中、被告道雄、三品および広明が被告岡崎方に来たこと、被告久助と三品が口論して三品が先に帰宅したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)(ニ)中、全員がボーリングに行くことになったこと、被告親平の車に被告岡崎と広美が同乗したこと、被告久助がボーリング場に向かわず、保原町のバー「つかさ」に赴き、被告親平らもこれに従い、右バーに入ったことは認めるがその余の事実は否認する。

(2)(ホ)中、被告親平運転の車に被告岡崎・道雄が同乗したこと、被告岡崎らが被告久助から車のキーを取り上げなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)(ヘ)中、被告岡崎らがバー「春」に赴いたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3)(イ)中、被告岡崎が被告久助から加害車のキーを取上げたり、タクシーを呼ばなかったことは認め、その余の事実は否認し、原告らの見解を争う。

(3)(ロ)中、被告道雄が被告久助から加害車のキーを取上げたり、タクシーを呼ばなかったことは認めるが、その余の事実は否認し、原告らの見解を争う。

(3)(ハ)中、被告親平が車を運転するため酒を飲まず、正常な判断力を有していたこと、被告久助から加害車のキーを取上げたり、タクシーを呼ばなかったことは認めるが、その余の事実は否認し、原告らの見解を争う。

(四) 同4の事実はいずれも不知。

三  被告岡崎らの主張

1  被告岡崎らは、次のとおりいかなる点からみても、被告久助の過失による本件事故にもとづく原告らの損害の発生について賠償する責任はない。

(一) 被告岡崎らは、被告久助に飲酒をすすめた事実はない。

事故当夜被告岡崎方に被告親平・道雄ら(被告久助を除く)が集ったのは被告岡崎方の新築祝のためであったが、被告久助は招待されたわけではないのに、被告岡崎方を訪れ、しかも同被告に断りもなく、同被告方にあった酒びんの封を切るなどしてひとり勝手に飲みはじめたものである。その後被告岡崎は制止こそしなかったがこの招かれざる客に積極的に飲酒をすすめたことはない。

(二) 仮に被告岡崎らが被告久助に飲酒させたものとみられるとしても、被告久助の当時の自宅は、右被告岡崎方と同じ桑折町の同字地内で近隣であり、しかも被告久助は、今夜は自動車を置いて帰る旨話し、被告岡崎らはこれを信じていたのである。当夜被告岡崎方への来客のうち被告親平と広美は終始酒を口にしなかったが、被告久助の本件加害車を運転するときは右広美がこれに当ることになっていたものである。被告岡崎方の飲み方の後、被告らは保原町のバー「つかさ」そして「春」に出赴いたがそれらはすべて被告久助の発意によるもので、被告岡崎らが積極的に出赴こうとしたものでなく、しかも、その際いずれも被告岡崎らは素面の広美加害車を運転させようとしたが、被告久助は運転席に坐った同人を強引に追い出し、自ら運転したものである。

以上要するに、被告岡崎らは、被告久助が飲酒後加害車の運転に従事することは全く予想せずかつ許容しようともしなかったものである。

(三) 被告岡崎らには被告久助の運転を制止する義務はない。

被告岡崎らが、被告久助の飲酒運転を制止するためには、同被告の本件運転に関し支配的な関係ないしは能動的な地位にあってはじめてその義務を負うところ、なんらそのような関係等にないから、飲酒運転を制止しなかったとしても違法ではない。しかも被告久助はバー「春」でそれまで飲んだ酒のため気分が悪くなり被告岡崎らのいる店から出て加害車の運転席で休んでいたが、同被告らが気付かないうちに運転を開始し、本件事故現場に向ったものであるから、被告久助の運転を予想しえずまたこれを制止することが不可能である状態にあったものである。

(四) 被告久助の飲酒と本件事故の発生との間には相当因果関係はない。

前記のごとく、本件事故は被告久助のカーヒーター操作のための前方注視義務違反のために発生したものであり、右違反は飲酒ないしそれによる酩酊によるものではないから、仮に被告岡崎らが被告久助に飲酒をすすめたとしても、本件事故発生につき責任を負ういわれはない。

2  消滅時効の抗弁

原告らは、被告久助が本件事故前飲酒し、同人と共に飲酒をした者があり、これが被告岡崎らであることは、(イ)右事故を報じた昭和四五年一一月二日付地元新聞により知った。(ロ)またしからずとしても、同年一一月一四日事件捜査担当検察官から原告正信の母ミサヲを通じて知らされた。(ハ)遅くとも被告久助に対する刑事第一回公判が開かれた同四六年二月八日に右公判を傍聴した右ミサヲを通じ知った。従って本訴提起時(同四九年二月一二日)には、損害賠償請求権は三年の時効により消滅したので本訴でこれを援用する。

四  被告ら(全員)の過失相殺の抗弁

原告正信は、本件事故発生前、早期に加害車がセンターラインをこえ、進路上に進入していたことを発見し、少なくとも容易に発見し得たのであるから、被害車を右方か左方に切って、未然に加害車との衝突を回避できたのにかかわらず、そのまま進行したため、本件事故発生をみるに至ったものであり、右避譲義務違反が右事故発生の重大な要因をなしているから、損害賠償額算定に当ってはこれを十分斟酌すべきである。

五  被告らの抗弁に対する原告らの認否

1  右三2の事実は否認する。原告らが、共同加害者が被告岡崎らであることを知ったのは、昭和四九年一月一一日に、先に訴を提起した被告久助らに対する事件で取寄せた被告久助にかかる刑事公判記録を閲覧した際である。

2  右四の事実は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  事故の発生と原告らの受傷

≪証拠省略≫によると原告ら主張の請求原因1および2の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない(右事実中、被告久助らが争わない事実があることは前記事実摘示欄のとおりである)。

二  被告らの帰責事由

1  ≪証拠省略≫を総合すると次の諸事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

被告岡崎は事故当日(土曜日)夕方仕事から桑折町伊達崎字道林の当時の自宅に帰えり、一合くらいの晩酌と夕食を終えた午後八時三〇分ころ、被告親平が車を運転して広美とともに遊びに来たが、右二階の居室で被告岡崎は二合入り清酒一本をとり出し「一杯やるか」といって半合くらい入りの小さなコップに被告親平と広美のために注いでやった。そのころ、被告岡崎の小・中学校の同級生で隣部落の字安貝内(右被告岡崎方と約一・五キロメートル離れている)に住む友人の被告久助が加害車を運転して遊びに訪れたので、被告岡崎はすぐ自己の右居室に招き入れ、同人はふだんおとなしいが酒を飲むと気が荒くなり、いい出したら人のいうことをきかないなど酒癖のよくないことを知っていたが半合入りコップを用意し右二合瓶から酒を注いで、すすめた。被告岡崎は、被告久助が酒を飲めば車を運転せず置いていくものと考えたが、必ずしも被告久助にその旨念を押すとか、確約させるとかはせず、かつ車のキーを預るなど確実な措置を講ずることはしなかった。被告久助はすぐ飲み、そのうち自分で注いで飲んだため、右二合瓶はすぐなくなり、被告岡崎は、階下に行き酒の肴として煮魚やきんぴらごぼうなどとともに手をつけ少なくとも半分くらいは残っていた清酒一升瓶を出して冷のまま被告久助に注いでやったりした。午後九時ころ三品一夫が車を運転して被告道雄、広明と共に遊びに来て被告岡崎の居室に上り込んだので、被告岡崎はさらに、煮魚とともにコップ三つを同人らのために用意して注いでやり、世間話をして七人で互いに酒をくみかわし、右一升瓶を空にした後、被告岡崎はさらに一升瓶に少なくとも五分の一は残っている清酒をとり出し、被告久助らにすすめ午後九時半すぎころにはこれもまた空にした。同人らのうち、被告親平は車を運転して来ていることもあって全く酒に手を付けず、広美もほとんど飲まなかった。また被告岡崎もすでに晩酌と夕食をすましていたのでわずかしか手をつけず、被告道雄は酒に弱いため約一合程度飲んだだけであり、また三品は酩酊していた被告久助と口論して、先に帰宅した。被告久助は午後八時三〇分ころから九時三〇分ころまでの間、五合程度は飲んだ。同被告は酒が好きなうえ強く、七~八合くらい飲んだことがあるが、当日は空腹に飲んだだめ、かなり酔いがまわった。午後一〇時ころになって一升瓶も空になったころ、酒を全然飲まない被告親平が、「これから福島へボーリングをしに行こう」といったところ、他がこれに賛成し、六名全員で外に出ることになった。被告久助はかなり酔いがまわっていたため、被告岡崎らは被告久助に同人が運転して来た加害車の運転を広美に交替するように話をし、広美が運転台に坐ったが、被告久助はつい最近自動車の免許をとり、かつ右車を買い求めたばかりのせいもあってか、自分の車は自分が運転するといって我を張りこれを許さず、広美を運転台から引張りおろして、結局同被告が運転し、これに被告道雄、広明が同乗して被告岡崎方を出発し、次いで被告親平がその車を運転して被告岡崎、広美が同乗し、加害車の後に従った(ただし行先きがボーリング場であるということは必ずしも判然した話し合いの結果でもなく、また飲酒した者が絶対運転してはならないといった明確な話しがなされたうえでの外出ではなく、世上よく見かける酒飲み仲間が飲んだ勢いでどこに行くとも判然しないまま町をぶらつくといった、多分に成り行き任せの行動であった。右事実は後記のごとく、被告久助がボーリング場に向かわず飲み屋に車をつけた際、誰も同人に文句をいわず、また運転を交替すべき広美が、被告久助の車に乗車しなかったことによっても窺い知ることができる)。被告久助の先行車は福島市に向かわず方向を転じて、保原町所在のバー「つかさ」に車をつけ、後続車もこれに従って、一同同店に入り、清酒を徳利で五~六本注文し、被告親平と広美を除く他の四人でこれを飲んだが、被告久助は気分が悪く、あまり飲めない状態になっていた。同店で二、三〇分も過した後、被告久助は「よそへ行こう」といって、外に出、さらに加害車に広美、広明を同乗させて運転し同じ被告久助いきつけの保原町内所在のバー「春」に出かけ、被告岡崎・道雄の同乗する被告親平の運転する車もこれに従った。同店に入ったのは、すでに午後一一時ころになっていたが、同店ではビール二本注文したが余り手をつける者はなく、被告親平、広美を除く四人で一本空にしただけであった。その間被告久助はますます気分がすぐれず吐き気のため店を出たり入ったりしていたが、そのうち一同に「帰える」といって同店の女給にかかえられながら外に出ていき、加害車の運転席でしばらく苦しみながら横になったりした。被告岡崎らは被告久助の様子を案じ、被告親平・道雄が交々一回くらい見に行ったが、車の中で横に休んでいる同人の姿をみ、またエンジンをかけたことも寒くなったためヒーターをつけたのであろう程度に思い、また被告岡崎ら一同も、被告久助がよもやひとり車を運転して帰宅することなどはあるまいと考え、被告久助を車から店に連れ戻すとか、同被告の傍にいて酔った状態で運転しないように同人を見守るとか、運転できないようにキーを抜き取っておくとかの措置を講ずることはしなかった。

被告久助は右のように被告岡崎方の飲酒で相当酩酊し、完全な酔眼朦朧の状態とはいえないにしても、被告岡崎方を出発するときから、眠気も加わって何人が運転して「つかさ」迄行ったか、また同店を出たあと「春」に寄ったことすらも必ずしも後日記憶に鮮明でない状態にあり、「つかさ」から「春」に向う途中に早くも蛇行運転がみられる状況にあった。その結果、同被告は酩酊による正常な運転ができない状態で右「春」方で加害車の運転を開始し、福島市に遊びに行くとの考えのもとに運転を続けたため、本件事故現場付近に差しかかった際、正常な意識の運転のもとでならば、前方注視を尽すことになんら支障とはならない、容易にかつ短時間でなしうるカーヒーターのスイッチの操作およびヒーター作動の確認のために前方注視が著しく困難ないしは不可能となり、平坦かつ直線、見透し極めて良好の本件道路上において突然弓なりに中心線をこえて対向車線に進入し、折から福島市方面から対向進行して来た原告正信運転の被害車のヘットライトにも気付かず、しかも同車に避譲のいとまも与えずして正面衝突するに至った(事故後約二時間経った翌一一月一日午前一時三〇分に実施した同被告に対する北川式飲酒検知器による調査によると呼気一リットルにつき一ミリグラムのアルコールを身体に保有していたが、呼気濃度〇・七五~一・二五ミリグラムは酔度・第二度として、感覚鈍麻、注意散漫となり判断能力鈍化し、運転事故必発といわれている)。

被告岡崎らその他訴外人二名はすぐに被告久助の運転を知り、同人が酔っているため、道路わきにつっこむなどするのではないかと案じて同人が運転して行きそうな場所を探したがこれを発見するに至らなかった。

2  以上の認定事実によると、本件事故の直接の原因は、飲酒により被告久助は相当程度酩酊し、よって加害車の操縦を誤った過失によること明らかであるから、被告久助は民法七〇九条によりその責任は免れず、後記本件事故によって生じた原告らの損害を賠償する義務がある。

そして、被告岡崎らが、右被告岡崎方二階居室で被告久助とともに飲酒した際、被告久助が飲酒後本件加害車を運転することを知ってあえて酒をすすめたとはいえず、また前記バー「つかさ」および「春」において各同所から帰宅等に向う際に右同様被告久助の運転を知り、あえて飲酒をすすめたものとまではいえないにしても、被告久助が相当飲酒して酩酊状態にあることを知りかつ、ボーリングに行くなど一同が外出するときは被告久助が加害車を運転することは同人の酩酊度と飲酒時の性格等から容易に知り得べき状況にあり、飲酒酩酊者が自動車を運転するときは注意力が極度に鈍化し操縦を誤り、他易すく事故の発生をみるに至ることは現今幼児にもわかる道理であるのに自動車を利用して外出し、案の定被告久助が酩酊した状態で加害車を運転するに至ったのにあえて制止せずして許容し、自らもこれに同乗ないし他車で追随し、以後ほぼ同様のことをバー「つかさ」で、同所からバー「春」までの間そして「春」に行ってから順次繰り返えし、そのため被告久助が前認定のごとく酩酊のため加害車の操縦を誤り、本件事故の惹起をみるに至ったこと明らかであり、かかる場合には、被告久助の飲酒、および車の運転についてのかかわり合いにつき濃淡の差こそあれ、被告岡崎らは被告久助の過失による原告らに対する加害行為について客観的な共同原因を与えたものというべく、また被告岡崎らの一連の行為と本件事故発生との間には相当因果関係は否定しえず、被告岡崎らは、民法七一九条一項の共同不法行為者として、また少なくとも被告久助の違法行為を容易ならしめる補助的役割を果した同条二項の幇助者としての責任は到底免れることはできないものと考えるのが相当である。

被告岡崎らの、本件事故発生について責任なしと主張する各事由は採用することができず、同被告らは後記本件事故によって生じた損害を賠償する義務がある。

3  次に原告らが、本件加害車の運行供用者は被告祐であるとして、その主張する具体的事実はこれを認めるに足る証拠はなく、原告らの立証その他本件全証拠によっても、他に被告祐の運行供用者であることを認めるに足る証拠はないから同被告に対する本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当といわなければならない。

三  原告らの損害

1  原告正信分

(一)  治療費 金二七万九三〇〇円

≪証拠省略≫によると、原告正信は本件受傷の治療費として中野病院に対し九三万八一三八円の債務を負担したが、そのうち六五万八八三八円は被告久助らが支払い、その余が未払であることが認められる。

(二)  入院雑費 金五万六七〇〇円

前記原告正信の傷害の部位・程度および原告正信本人尋問の結果によれば、原告正信の前記のべ一八九日の入院期間中、一日につき金三〇〇円程度の雑費を支出したであろうことは容易に推測されるから、右割合による入院雑費は、表記金額となる。

(三)  付添看護費 金一一万円

≪証拠省略≫によると、原告正信は、前記入院期間中一一〇日間は症状極めて重く常時看護の必要ありと診断され、そのためその母ミサオが付添ったことが認められる。

そして、右のごとく付添看護をしたものが近親者であるため、原告において現実に看護料の支払をしたり、又はその支払請求を受けていることを認むべき資料はないが、そのような場合であっても、原告は、右付添看護を必要とする受傷によって近親者の付添看護料相当額の損害を蒙ったものというべきところ、前記原告正信の傷害の部位・程度・症状および公知にかかる付添看護婦の報酬額を考慮すると、右説示の付添看護料は、一日あたり一、〇〇〇円を下らないものと推認するのが相当であるから、右割合による金一一万円が、原告正信の蒙った損害である。

(四)  休業損害 金六二万〇五〇〇円

≪証拠省略≫によると、原告ら主張の請求原因4(一)(5)の事実を認めることができる。

(五)  逸失利益 金四五五万六九八八円

前記認定の原告正信の受傷の事実および≪証拠省略≫を総合すると、原告正信は、本件受傷により、左手首関節の運動機能に著しい障害を残し、労働能力を一部喪失したこと(自賠法・後遺症害等級表第一〇級9参照)、右喪失により同原告は昭和四六年一一月二〇日以降少なくとも一か月当り金三万円程度の逸失利益を生じたこと、同人は昭和二五年一月五日生れの本件事故前は健康な男子であり、その職歴等からみて、なお少なくとも三六年は就労可能であることが認められる。右事実によると逸失利益の右日時の現価は次のとおり金四五五万六九八八円である(年別ライプニッツ式計算による。なお以下計算途上の円未満は切捨てる)。

85,000×12×27/100×165468=4,556,988円

(六)  慰謝料 金一五〇万円

前記認定の本件事故の態様、傷害の部位・程度、治療経過および後遺症等の諸般の事情を考慮すると、原告正信の精神的苦痛を慰謝すべき金額としては金一六〇万円をもって相当と認める。

(七)  被告らの過失相殺の主張について

本件事故発生の態様は前記二に認定のとおりであり、被害車を運転する原告正信としては、避譲するいとまもなく本件事故を余儀なくされたものであるから、過失はなく、被告らの過失相殺の主張は採用できないものである。

(八)  損害の填補

原告正信の損害は、以上合計金七一二万三四八八円となるところ、被告久助らから見舞金として金二万五〇〇〇円を受領し、また自賠責強制保険金一〇一万円を受領したことは原告正信の自ら認めるところである(右事実は被告久助らの援用するところである。なお被告久助らが同原告に対し、治療費中本訴請求外分を病院に支払ったことは前記認定のとおりである)から、これを控除すれば、同原告の損害残額は、金六〇八万八四八八円となる。

(九)  弁護士費用(ただし被告久助らに対する関係)

以上のとおり、原告正信は被告久助ら各自に対し、金六〇八万八四八八円を請求しうるところ、本件訴訟の経過および弁論の全趣旨によると、被告久助らは任意の弁済に応じないので原告はやむなく弁護士である原告ら訴訟代理人にその取立を委任して本訴提起に至り、報酬を支払うべき債務を負担したことが認められるが、本件事案の難易・審理の経過および認容額等本訴に現れた一切の事情を考慮すると、原告正信が被告久助ら各自に対して負担を求めうる弁護士費用は金五〇万円とするのが相当である。

2  原告京子分

(一)  治療費 金二八万六二三二円

≪証拠省略≫によると、原告京子は本件受傷の治療費として、前記中野病院に対し九五万二六四〇円の支払債務を負担したが、被告久助らはうち六六万六四〇八円を支払ったのみでその余が未払であることが認められる。

(二)  入院雑費 金五万七三〇〇円

前記原告京子の傷害の部位・程度および原告京子本人尋問の結果によると、同原告は前記のべ一九一日の入院期間中一日につき金三〇〇円程度の雑費を支出したであろうことは容易に推測されるから右割合による入院雑費は表記金額となる。

(三)  付添看護費 金一一万四〇〇〇円

≪証拠省略≫によると、同原告は前記入院期間中一一四日間は医師より付添看護の必要ありと診断され、同人の母・佐藤ナツがこれに当ったことが認められる。そして前記1(三)に記載と同一の理由により、表記の損害を認める。

(四)  休業損害 金二一万円

≪証拠省略≫によると同原告主張の請求原因4(二)(5)の事実を認めることができる。

(五)  慰謝料

前記認定の本件事故の態様、傷害の部位・程度、治療経過および後遺症等諸般の事情を考慮すると、原告京子の精神的苦痛を慰謝すべき金額としては、金九〇万円をもって相当と認める。

(六)  被告ら主張の過失相殺について

前記1(七)で判示のとおり、これを採用しない。

(七)  損害の填補

原告京子の損害は、以上合計金一五六万七二三二円となるところ、被告久助らから見舞金として金二万五〇〇〇円を受領し、また自賠責強制保険金から金一九万円を受領したことは原告京子の自ら述べるところである(右事実は被告久助らの利益に援用するところである。なお被告久助らが同原告に対し本訴請求外治療費として同原告の主張する金員を病院に支払ったことは前に認定したとおりである)からこれを控除すれば同原告の損害残額は金一三五万二二三二円となる。

(八)  弁護士費用(ただし被告久助らに対する関係)

原告京子が被告久助ら各自に対し負担を求めうる弁護士費用は金一〇万円とするのが相当であると考えるがその理由は前記1(九)で述べたところと同一(なおこれに加うるに原告両名が併合審理されている事情)である。

四  結論

よって、(一)原告正信の本訴請求は、(1)被告久助に対する関係では、金六五八万八四八八円およびこれより右弁護士費用を控除した内金六〇八万八四八八円に対する本件損害発生後である昭和四六年一一月二〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、(2)被告祐の関係では失当であるから棄却し、(3)被告岡崎らに対する関係では理由があるから全部これを認容することとし、(二)原告京子の本訴請求は、(1)被告久助に対する関係では金一四五万二二三二円およびこれより右弁護士費用を控除した内金一三五万二二三二円に対する損害発生後である前同月二四日から完済まで前同様の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、(2)被告祐の関係では失当であるからこれを棄却し、(3)被告岡崎らに対する関係では理由があるからこれを全部認容する。そして訴訟費用の負担につき民訴法八九条・九二条・九三条を適用して主文のとおり判決する。(なお仮執行の宣言は相当ではないからこれを付さない。)

(裁判官 岩井康倶)

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